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BHセミナー「『科学革命』を読む」第4回レジメ

The Scientific Revolution: A Very Short Introduction (Very Short Introductions)

The Scientific Revolution: A Very Short Introduction (Very Short Introductions)

科学革命 (サイエンス・パレット)

科学革命 (サイエンス・パレット)

Scientific Revolution: A Very Short Introduction ,Lawrence M. Principe,Oxford University Press; 1st edition (May 19, 2011) p67-p90


【第四章 月の下の世界】

 初期近代の人々は、地球や四元素、変化と運動の過程を再検討し、事物の意味を理解することを目指して、一連の体系を定式化しました。それは、あるひとつの世界観を徐々に作り上げていったというものではなく、様々な世界観が各々認められようと競い合う様相を呈していたのです。しかし、共通点はありました。それは、いずれもアリストテレス的世界観の影響を受けていることです。ある者はそれにとって代ろうとし、またある者はそれを洗練しようと試みました。
 初期近代の自然哲学者たちが、地球の歴史について、聖書にしるされている年代よりも過去にさかのぼれるという見識をもつのは、解剖学で台頭したニコラウス・ステノのよる発見がきっかけでした。ステノは、泥が沈積して地層をなしており、それを分析すれば地球の変化の歴史を読み解けると結論づけたのです。17世紀の終わり頃には、何人かの著述家がステノの研究をもとにして、地球のたどってきた歴史や地球の外観を説明しようと試みました。地表の変化については、イエズス会士のアタナシウス・キルヒャーによって、じかに研究されることとなります。キルヒャーが火山の噴火をよく観察した結果、噴出する火と溶岩の量が火山内部でつくられているには多すぎることに気づき、火山の地中深くに巨大な火を収めた複雑な内部構造があると結論づけます。この地下構造は、海流をも説明しました。キルヒャーは世界中のイエズス会宣教師たちの報告を主とした多くの情報からデータを集め、百科事典的著書『地下世界』を、ふんだんな世界地図とともに編纂しました。
 地球の目に見える変化を観察したキルヒャーとは対照的に、エリザベス1世の侍医であったウィリアム・ギルバートは、地球の目に見えない変化、すなわち磁石の働きについて明らかにするため、実験を行いました。ギルバートは、球形磁石の上に置いた鉄の針が、地球の上にある羅針盤の針の振る舞いと同じことを発見し、地球が巨大な磁石であると結論づけ、球形磁石を地球のモデルと見立てて実験をし、物体がなぜ落下するのかを説明しようとしました。
 それに対して、どのように物体が落下するのかを数学的に説明しようとしたのが、ガリレオです。ガリレオのアプローチは、技術者的であると言えます。その背景には、実生活に役立つ知としての科学が求められていたことがありました。その一つであった給水設備のための研究の中で、ガリレオの信奉者たちによって「真空」が発見されます。彼らは、真空はあり得ないと主張するアリストテレス主義者たちと対立することとなりました。真空はあるとする者たちは、実験でそれを証明しようとしました。その実験は、近代科学の祖とされるロバート・ボイルも行っていました。ボイルは実験の中で、火と空気の関係性を発見します。
 火については、初期近代よりずっと以前から人々の間で議論されてきました。その中に、錬金術師たちがいます。彼らは、火を物質とその変換を研究し制御するための第一の道具として用いていました。科学革命期は、錬金術の黄金時代でした。その時代、錬金術と化学は、今日のように分けて考えらえておらず、同じ探求であったのです。このような捉え方を、現代の歴史家は「キミストリー」すなわち「キミア」という語を用いて表します。錬金術という語から連想されるように、今日では錬金術師の仕事は金作りと思われがちですが、それは正確ではありません。錬金術師たちの仕事は、物質を完全にすることにありました。そのためには、物質のなかの成分を正しい配分に変成する必要があり、その調整に必要な媒介物質を、彼らは「賢者の石」と呼びました。錬金術が今日、化学と切り離されて考えられがちな一因として、錬金術師たちの文書が、隠喩やみせかけの名称にあふれていることが挙げられます。彼らは、知識をそれにふさわしくない人々には漏らすべきではないと考えていたため、あえて分かりにくい表現を採用していました。このことは、所有権を企業秘密として保護する必要のあった職人の慣行に、部分的に根ざしています。
 「物質を完全にする」ことは、人体にもあてはめられました。そのことから錬金術は、医学へも応用されます。その実践者の一人であったパラケルススは、医薬品づくりにとどまらず、人体と宇宙とを呼応させた世界観を提示します。世界の創造主たる神とはプラトン主義者のいう幾何学者ではなく錬金術師であるととらえた彼の論は、キリスト教的世界観とよくなじむものであったことも一因して、多くの信奉者を引きつけました。しかしながら錬金術分野は、商業や職人的分野と密接な結びつきをもったために古典としての正統性を誇れず、大学の学問として確立することができなかったため、主に大学の外で研究されていくこととなります。
 錬金術は、17世紀の最も重要な動きの一つであった原子論の再登場にも関与しました。13世紀に、偉大な錬金術師の名として知られるゲーベルが、物質が粒子の結びつきでできていると説明したことに起因します。原子論は、フランスのピエール・ガッサンディによってキリスト教化され、機械論と結びついて復権しました。これは、アリストテレス的世界観に反するものでした。しかし、多様で複雑な自然の営みと説明しきれなかったために、機械論は17世紀の終わりまでに衰退することとなります。
 科学革命期においてアリストテレス主義は、自然哲学者たちの探求の出発点となったと同時に、新しい世界観に批判され、取って代わろうとされたり、組み替えられようとされたり、洗練されたりしました。そのような多様な視点からのアプローチがなされたことが、16・17世紀を革命期たらしめている一因と言えます