ローレンス・M・プリンチーペ著 ヒロ・ヒライ訳『錬金術の秘密』第1章

 

錬金術の秘密: 再現実験と歴史学から解きあかされる「高貴なる技」 (bibliotheca hermetica叢書)

錬金術の秘密: 再現実験と歴史学から解きあかされる「高貴なる技」 (bibliotheca hermetica叢書)

 

 【第1章 起源ーギリシア・エジプトの「ケメイア」】

 

1・錬金術の起源は紀元後1世紀のエジプトにある。当時エジプトは国際的なギリシア語文化圏だった。錬金術に必要な技術の多くは、錬金術の誕生より以前から存在し、発達していた。冶金術や金細工、人工的に宝石を作り出す技術や化粧品に関する技術等があげられ、それらに関連する商業圏も形成されていた。
 
2・錬金術における最初の文献であり、ギリシア・エジプト世界で生き残った現存する唯一の文献でもあるパピルス文書は、このような技術的・商業的背景に由来する。パピルス文書には、これらの技術を工房で実践する際の処方(レシピ)が記されており、特徴としては対象を真似することに焦点があわせられていることがあげられる。また、こうした処方の利用者たちは、正真品と偽造品の違いを明確に理解していた。著者によれば、その処方の中には現代でも再現可能なものが含まれているようだ。こうした処方は錬金術の誕生に必要な条件となるが、厳密に言えばこれら自体を錬金術ということはできない。科学の営みがそうであるように、知的な枠組を提供し、実践を補強・説明して新しい知見の獲得のための道筋を手引きする理論的な体系がなくてはならない。
 
3・錬金術師たちが職人とは区別して自身らのアイデンティを確立したのは、紀元後3世紀のことだった。本物の金を作るというアイデアが生まれ、技術や手順、道具を職人たちと同じくしながらも、金属変成を目的とする自分たちと職人たちを区別した。錬金術という独立した知の領域の誕生には、古代ギリシア哲学の思索もまた、必要な営みであった。アリストテレスらによって論じられた、物質とはなにか、ひとつの物質はどのようにして他の物質に変化するのかという問題に関するギリシア哲学の伝統もまた、金属に関する技術の歴史と同じく錬金術の誕生よりずっと以前からの営みであった。
 
4・後代においても錬金術の基本であり続ける重要な概念を提示した人物に、パノポリスのゾシモスがいる。紀元後300年頃に活躍した彼の著作からは、問題を洞察し、実践を理論的に導き、問題の解決法を探求する営みが見出せる。これは彼以前の著作と大きく異なるもので、ここにゾシモスの革新性と重要性が示されている。また、彼の観察したものは、現代の化学においても基本的な原理と理解されている。彼はまた、暗号名や寓意的な記述を用いることで、錬金術に偏在する秘密主義を明確なものとした。この知の営みを紐解こうとする際、現代人的観点からのみ分析しようとしてはいけない。現代科学においては、哲学的・神学的思考を分断して科学的思考を行われる傾向がある。しかし、当時の人々がその時代の世界観から影響を受け依拠していることを分断することは、真実を理解することにつながらない。
 
5・ゾシモス以降、8世紀までに現存しているテクストは、ギリシア語で書かれた彼の初期の著作の注解がほとんどである。そしてここでの重要な展開は、理論的・哲学的なものと実践的なものが融合した点である。ゾシモスに「硫黄の水」や「石でない石」と呼ばれた、金属の編成をもたらす特別な物質は、7世紀以降「賢者の石」と呼ばれるようになる。